8to2 竹内公太による福島第一原子力発電所事故関連記事
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注)「福島第一原発での体験」の記事はあくまで私個人の体験と印象です。
のべ数万人とも言われる作業員の方々それぞれが異なる体験と印象を持っておられると思います。
情報が不足する中で、私のケースを全体の印象とお取り違え拡散されることのないようお願い申し上げます。
私は免震棟内で後方支援的な作業を行っていました。滞在期間は2011年8月のひと月足らずです。ですから私の見た光景は全体のごく一部であり、浅い理解に過ぎません。
より高線量の建屋で作業される方や、私とは全く異なる滞在宿、雇用条件の方が大勢おられます。
寝不足の自分はちょっとデリケートすぎる気もしてます 文句も言わずに作業されてる方々に対しては申し訳ないです
■ 福島第一原発の体験13
寝られない日が続く。ので、勤務前に記入する体調報告用紙に、睡眠時間4時間と書く。本当は3時間しか寝られなかったが、つい水増しして書いてしまった。心がざわつく。すると、ちょっと目を離した時に、同班の方が6時間に書き換える。「4は書いたら駄目っすか?」「うん、まあ、ね。ううん」下請け会社は仕事を干されたらマズイ。体調管理もできない奴がいても個人の責任ではなく、社の責任と見られる。先輩方はいつも、余計なことは言うなよ、と言い、元請会社の顔色を伺っている。この現場をゆくゆくはA社さんに任せられればなあ、と元請の方が言うと、「はい、できます! 任せてください!」、「でもあれもこれもだと難しいからなぁ」「いや、100パーセントできます! もう、ビシバシ言ってください」「おお笑。頼もしいなぁ~」。より多くの仕事を請け負えるが、元請会社への新規作業員登録作業やこの社内でのシフト組みや打ち合わせで睡眠時間を削られる先輩を見るとちょっと順番がおかしい、というか危険な気がする。こうしたことがこの会社に限ったことなのか。例えば、より高線量、あるいは高所や重量物の扱いなど危険を伴う作業だったらどうなんだ。こんなことは世の中を見渡せばいくらでも起こっていることだし、そうやって仕事はもらうものなんだよ、と言われればその通りだと思う。けれど、この未曾有の事故現場でもその常識のまんま行われていて良いのだろうか、疑問に思う。ちなみにこの時は不正事項の相談窓口があることなど知らない。当たり前だが、会社はそんなことは新人に積極的に教えたりはしない。社長は6月に口ばかり達者でややこしい奴をすぐにクビにしてやった、と私に言ってきていた。
出入り口の身体サーベイを担当しながら、何かこのままでは事故が起きそうだなとどんより考えていた。その時、同班の別の方が、外扉から中へ帰ってきた。いつも通り全身をサーベイしようとしたら、「20分しか休憩ないから、ね? 省略して。手と、足の裏だけで。」自分が勤務してからこのサーベイで放射性物質の付着を見つけたことはない。元請の人もこの方法はザルだと言っていた。しかし、そういうことをずるずるとやっていいのか?? 戸惑いつつ無言で言われたとおりにする。去り際にこちらを振り返って、「だって、ね? 20分しか、ほら休みが、ね?」言い訳のように念を押されて、無性に腹が立ってくる。
身体サーベイの曖昧な説明、睡眠時間書き換え、さらに少ない睡眠時間で文句も言わない先輩(愚痴は言う)と、元請にはそんな弱音おくびにもださない態度、社長の態度、働いた後から渡される雇用通知書、Jヴィレッジの無秩序な業務連絡掲示物、応援メッセージの掲示物、いろいろなものが頭をよぎり、勤務の最後の方の期間を私は、イライラして悲観的な気分で過ごした。事故現場だから多少のことは仕方ないのか、事故現場だからこそきちんとすべきなのか。
「お前は大丈夫やろうけどなっ おっ前の子供は鼻から足が生えよるぞww」いつもの先輩の原発ジョークにも、笑う気力は無くなっていた。
「お前は大丈夫やろうけどなっ おっ前の子供は鼻から足が生えよるぞww」いつもの先輩の原発ジョークにも、笑う気力は無くなっていた。
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細野大臣、園田政務官の現場視察の動画
前日の冷温停止状態宣言、工程表ステップ2完了を受けて
細野原発担当大臣、園田政務官による12月17日に福島第一、第二原発を視察、挨拶、懇談会が行われました。
・福島第一原子力発電所訪問挨拶(細野大臣・園田政務官)(2011年12月17日撮影)
この動画の中で細野大臣は冒頭、
皆さん自身が大変傷ついておられる中で、この事故への対応にみなさんが専念をしなければならない状況というのは本当に辛かったろうという風に思います。みなさんのがんばりがなければここまで来ることはできませんでした。国民の皆さんも良くそれをわかっています。世界もそのことを知っています。是非みなさんは胸を張ってそのことを周りの皆さんにお伝えをいただければと思います。
というように述べています。細野大臣もこう言っているのですから、せめてJヴィレッジにもっと取材を入れて、作業員の方の生の声でインタビューなど報じてはどうかと思うのですが。
確かに当時の混乱の中、事故を起こした企業としての責任がありますから、難しい問題ではあります。しかし吉田所長も葛藤なされたことかもしれませんがはそれを言って良い立場なのかは少し疑問です。事故収束は東京電力だけでなく関連会社含め所長以外に多くの方が関わることなので。(ご本人がいない場での細野大臣の発言ですが。)
東京電力の記者会見で私はこれは具体的に誰にどのような要請があったのか聞きましたが、現時点で回答は得られていません。
また園田政務官の挨拶では
と述べています。身近で、現場とともにやってきたかどうかは有権者向けのアピールであって、現場の方に強く言うことではないと思います。
今から振り返りますといくつか私の中に反省点がございます。そのひとつというのが、作業員の方の環境をよくすることにもっともっと早い段階から取り組めば良かったと、そういう反省でございます。3月の時点で私は既に気がついておったんです。みなさんが本当に苛酷な環境でやっておられるのだということを。そしてその時に、当時所長をやられていた吉田さんにお話して、もう少し環境を良くしたので、どうだろうかという話をしたことがございました。その時吉田所長からこういう答えが返ってきました。今は東京電力の作業員のことを考えるのではなくて、被災者の皆さんの待遇を少しでもよくすることに専念をしてもらいたい、そういう話が3月にありました。それはおそらく当時の皆さんの思いだったのではないかという風に思うんです。ただ当時私が例えば吉田所長に対して、「いいや、皆さんの待遇を良くすることが大事なんだ」ということで押し切っておれば、もう少し早く待遇を良くすることができたんではないか、そんな反省を、実は、私はしております。4月のあたりから、皆さんの中から、もっと作業員の待遇を良くするべきだという声が出てまいりました。そういった声に突き動かされる形で、もちろん東京電力も努力をいたしました、政府としても皆さんをバックアップをしようということでやってまいりました。
政府として様々なバックアップをしていくことは約束させていただきます。そしてそのなかで、待遇の問題についても東京電力の方には強くお願いをしております。この1Fで働く作業員の皆さん、東京電力の民さんはもちろんでありますけれども、関連会社の皆さん、関連企業の皆さんも含めて、皆さんがここでがんばっていただける、そういうですね、手当ては出していただけるように、要請は既にしております。そしてもちろんそれは単にお願いするだけではなくて、政府として皆さんを財政的な、それこそしっかりと共同歩調でやっていくということで、機構(?)がございますから、機構(?)からの人件費をこちらに寄せるという考え方ではなくて、みなさんの待遇を安定化させるためには政府としてしっかりそこはバックアップをしていく、金銭的にもバックアップをしていくという体制についても整える準備をしています。
また園田政務官の挨拶では
(略)…国民の皆様方や世界の皆様方にしっかりと見て評価をしていただきこれだけ皆様方が事故に向かって突き進んでいったんだと認識していただければありがたいと思っております。そしてそのことは誰よりも私ども政府が身近で見、そしていつもいつもテレビカメラを通じて皆様方とともに今日まで事故の収束に向かっての活動をしてきたとしっかりと証明できると思っております。
と述べています。身近で、現場とともにやってきたかどうかは有権者向けのアピールであって、現場の方に強く言うことではないと思います。
全世界に対して皆様方の英知と力をお示しする番ではないかと思います。当然、細野大臣とともに、私たち政府も、現場の皆様方とともに、いつでもここに駆けつけさせていただく所存ですし、また、皆さんとご一緒に、世界に対して、日本という国がこういう国難からしっかりと立ち上がっていくんだというところを皆さんとご一緒にお示しをしてまいりたいと思います。なにとぞお体だけにはお気をつけていただいて、私どもとしてもできる限りのことは精一杯やらせていただきます。なにとぞ健康と、そしてご家族の、皆さん方の、これからも、愛して、そして、慈しんでいただきながら、この日本国の接線(?)のためにどうぞお力をお貸しいただきたいと思います。本当にありがとうございましたし、これからもよろしくお願いをいたします。
政府の方は応援メッセージの書かれた国旗を背に「世界に向けて」「胸を張って」と大きな事を言って鼓舞しようとしています。私は政治家に言われないと持てない誇りは誇りでないと思います。閉ざされた現場のオペレーションルームで、世界的にすごいことなんだよというのは誇りではなく慰めになってしまわないでしょうか。世界の前に国内に向けてもっとアピールすればそれだけで当たり前の感謝と敬意が集まり、世論が動き、待遇改善も進むと思います。
・福島第一原子力発電所懇談(2011年12月17日撮影)
細野大臣、園田政務官、東京電力社員4名、関連企業社員3名による懇親会の動画です。
最後の方で細野大臣が「政府にこれだけを言っておきたいこと、ありませんか?」の質問に南相馬市出身の若い方がカンペを見ながら3点答えています
・避難準備区域解除、解除と除染の順番がおかしくないですか?
区域の解除などは除染の計画を立ててから行って欲しい
・放射性物質との共存をしていかなくてはいけない状況で
事故の教訓を後世に伝えるために、今を生きる日本国民全員が正しい知識をもつ、
そのための環境づくりをしてほしい
事故の教訓を後世に伝えるために、今を生きる日本国民全員が正しい知識をもつ、
そのための環境づくりをしてほしい
・夢物語ですがガンダムのように国家プロジェクトとして廃炉に役立つロボットを開発して欲しい
冒頭で細野大臣の方から「東京電力、関連会社の社員全員の待遇を良くするために資金的なバックアップをする」と言ってますから、改めてそれについて言うのもはばかられる事と思います。吉田所長の3月の時点での細野大臣への、今は被災地を優先して、との言も含めて、私はそれが危険な美学に依らないかが気にかかります。金のことは言わないで、何らかの犠牲があっても仕事をやり遂げる、というのは美しいことではありますが、ともするとそれは政府や私たちに「感謝」「敬意」を担保にそうした美学に甘えさせかねないからです。
作業員がノロウイルス感染=三菱重工関係の52人-汚泥タンク工事中断・福島第1(2011/12/17-12:09 時事通信)
全面マスク数千個を消毒=作業員ノロウイルスで-福島第1原発(2011/12/17-20:50 時事通信)
東京電力によりますと福島第一原発復旧作業に携わる関連会社の作業員の方が集団でノロウイルスに感染した疑いがあり、52名に下痢・嘔吐の症状が出てうち3名からノロウイルスが検出されました。また一名が入院中であり、その他の方々は宿、自宅で療養中です。
協力会社から地元の保健所に報告し、感染経路などを特定するため調査され、また東京電力の産業医の指示でJヴィレッジにある全面マスク数千個を次亜塩素酸ナトリウムで消毒しているとのことです。
全面マスクはもともとアルコール系のティッシュで拭いて消毒し、使いまわしています。各作業員も大抵手に取るときにも傍らに置かれたウエットティッシュで拭いてから装着されています。今回のノロウイルスの飛散範囲はまだはっきりわかりませんが、全面マスクを全て、改めて消毒するのは必要な措置だと思います。これに加えて、Jヴィレッジや免震棟など、感染された方が使用した可能性のある施設のトイレや食堂、ドアノブやてすりなどを消毒することが有効かと思います(私が会見でそのように提言しました。)
現在Jヴィレッジには各入り口に手を拭くためのアルコールが設置されています。こうした衛生面の対策は万全を期するに越したことは無いでしょう。
注)「福島第一原発での体験」の記事はあくまで私個人の体験と印象です。
のべ数万人とも言われる作業員の方々それぞれが異なる体験と印象を持っておられると思います。
情報が不足する中で、私のケースを全体の印象とお取り違え拡散されることのないようお願い申し上げます。
私は免震棟内で後方支援的な作業を行っていました。滞在期間は2011年8月のひと月足らずです。ですから私の見た光景は全体のごく一部であり、浅い理解に過ぎません。
より高線量の建屋で作業される方や、私とは全く異なる滞在宿、雇用条件の方が大勢おられます。
■ 福島第一原発の体験11
15時出発、免震棟16時~25時、27時帰宿のシフトでは怖い経験がひとつある。真夜中の道路だ。20km圏内は街灯のない箇所も多く、またアスファルトも一部凹凸があるので、スピードを出し過ぎるとちょっとスリリングだ。一度ネコが通りかかってブレーキを踏んだこともあったが、真っ暗な中に牛に立たれていたらと思うとぞっとする。しかしその日から車のスピードは少し緩まった。
■ 福島第一原発の体験12
22時出発、免震棟25時~9時、11時帰宿のシフト。
宿で同室の方と勤務時間帯が違うこともあり前日の睡眠時間が4時間で辛かった。ので帰ってすぐに寝たかったが、この日は仕事帰りに元請会社の支部へ立ち寄り、管理区域立入許可申請書や被ばく量測定や個人情報の取り扱いに関する同意書に署名捺印する。本来は管理区域に入る前に提出する書類だが、今回の事故で急増する作業員の登録は大変な状況なのでいた仕方ないのだろう。(後日東京電力に問い合わせたところ、それらの同意は作業者証作成時に得ているので問題はないとのこと)。事務の若い女性の説明を受けながら、若い女性が喋っているのを近くで見るの久しぶりだなあと思う。
宿に着いたのは13時を過ぎてへとへとだったが、先輩はこの後打ち合わせをするという。えっと驚くのだが、先輩は作業以外のこうしたマネジメントを毎日やっている。睡眠1,2時間とかいう話をして笑っていた。元請会社に手続きするからちょっと来い、とは言えないし、事故の対応で本当に大変な状況だし、先輩方が善意で頑張って仕事されていることは重々承知なのだが、それでも、そういった状況の方の運転する車に自分は乗りたくない、と思う。
夜までしっかり寝たいのだが、17時頃に照明の光とテレビの音で目が覚めてしまう。消してください、とも言えず、目が冴えてしまって、しかたなく夕食を摂りに行く。かなりイライラしてしまう。
注)「福島第一原発での体験」の記事はあくまで私個人の体験と印象です。
のべ数万人とも言われる作業員の方々それぞれが異なる体験と印象を持っておられると思います。
情報が不足する中で、私のケースを全体の印象とお取り違え拡散されることのないようお願い申し上げます。
私は免震棟内で後方支援的な作業を行っていました。滞在期間は2011年8月のひと月足らずです。ですから私の見た光景は全体のごく一部であり、浅い理解に過ぎません。
より高線量の建屋で作業される方や、私とは全く異なる滞在宿、雇用条件の方が大勢おられます。
■ 福島第一原発の体験10
再び朝7時出発、免震棟9時~17時勤務、19時帰宿のシフトを二日間。
二日目は雨が降り、アノラック(タイベックの上に着る防水用カッパ)の脱衣補助作業が追加される。扉の中に帰ってきた方の背中から裁ちバサミを入れ、するっと脱げるように切る。しかし日曜だったので忙しくはならない。
暇な時間が続いたら、一緒に入っていた方々がふざけ始める。ガムテープを丸めたものを投げ合ったり、タイベックにいたずら書きをしたり、きゃっきゃウフフしている(全面マスクでその声が聞き取りづらいが)。一緒になって遊ぶ気にもなれなかったのは、ちょっと子供っぽかったことと、その時全面マスクをキツく絞め過ぎて頭痛と吐き気をもよおしていたからだ。(緩めればいいのにちょっと外気を吸ってしまった)。
私の現場に関してだけだが、悲壮感は意外とない。出入り口スペースの棚の上の道具入れのダンボールには物凄い楽しそうな落書きがめいっぱい書かれている。出入り口扉は基本みだりに開閉しないが、ガラス越しにジェスチャーはできる。先輩がパチスロのジャグラー機種のイラストを描いて見て見てってアピールしたりしている。
免震棟で使用するロッカーにはガムテープを貼って所属会社と名前を書くが、何故かかわいい顔文字だらけのロッカーがあったりする。働いた第一印象は皆さん元気で明るいことだった。確かにあまり悲観的過ぎる人は残らない気もする。元請会社の20歳そこそこの彼は誕生日を免震棟で迎えた時に恐怖心は吹っ切れたそうだ。
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竹内公太
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男性
自己紹介:
元作業員の視点から何か有意義な記事が書けないだろうかと思い、東京電力さんの記者会見にときどき参加しています。(働いたのは8月の短い間だけです 免震棟の出入り管理で、比較的被曝量の少ない、後方支援のような仕事です 現場で今も高線量被曝しながら懸命に作業されている方々に最大限の敬意を持って、記事を書きたいと思います。
ライター経験は無いので読みづらい点もあるかと思いますが宜しくお願いします。
ライター経験は無いので読みづらい点もあるかと思いますが宜しくお願いします。
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